Q.「神ごとは語らず」とは?

「古神道行法」、「かむながらのお道」では守らなければいけない大切な言葉があります。「見ざる 言わざる 聞かざる」という山王一実神道が唱える戒めの言葉です。

神事行法で起きた現象、神事体験、お行に関しては如何なる人にでも他言してはいけない約束事です。これは宮中の祝部殿に奉仕する御巫(みかんなぎ=みこ)の置かれた時代から伝わる言葉です。

「神ごとは語らず」という事です。神社での参拝、斎場聖地での不思議なる現象、体験を自ら体得したことをたとえ親兄弟と言えども話してはいけません。それは神とそれを体得された人との約束事だからです。

不思議なる現象を体得されたのは、体得された人が祓い清められた正直なる心身であったり、神を一生懸命祈ったその顕現として神がその人に見せ占めてくれた神の顕現の姿であったりするからです。

しかし、現代の人はそれを裏切ったりします。折角、その人に不思議なる現象を見せても、修行の段階が上がって来ても慢心の心が邪魔してそれ以上の神意を得られなかったりします。即ち、その人の修業の過程がまだまだ低いという事になります。

昔話にも出てくる鬼との約束、神との約束を破って、「どんな事があってもここであった事を喋ってはいけないと約束したのに、言ってはいけない事を喋ったな」と言って元の姿、元の生活に戻されたり、命を落としたりする民話(昔話)がありますが、それは昔の人の道徳教育です。

神様に嘘ついたり、約束を破ってはいけませんよという戒めの言葉が民話となっています。それを「神ごとは語らず」と言います。

現代人は親、年寄からの戒めごとを教えられていない人が多いのも無理のない話なんですが、私から見ると軽薄、軽率になっている観を受けるのも否めません。

「玉鉾会」では「神ごとは語らず」を厳しく戒めています。神との約束だからです。私から見れば、修行に来ている人の大半は伯家神道を軽く見ているように思えます。「恐れ多い」という言葉をよく理解していないように思えます。

悲しいことにそれは若者だけでなく60歳以上の人、乃ち戦後教育を受けている人ほどひどい人が多いような気がします。まだ、20代の若い人の方がしっかりしているような日本人観を受けます。

神道修行ではこの世でありえない現象が出ますが、それを語ることはご法度です。神ごとと共に人間形成をして頂く、それこそ神の道を習う修行であり、教えとなります。

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[更新日]  永川辰男

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