Q. 水落ちたぎつ「瀧津亭」について

私が以前奉職していた近江神宮の側を流れる柳川の川畔に垂加神道の若林強斎が静養していたことは余り知られていない。自らが病となり、琵琶湖の側の静かな場所という事で此の地を求められ、その住まいを「瀧津亭」と名付けます。それは自らに祓いを掛ける意味でもあります。柳川には瀧はないのですが、大祓詞の一文「水落ちたぎつ速川にます・・」その「たぎつ」から命名。

抑々、心身の罪咎を祓い清めて清々しい境地に到達するという事について考えてみると、自分の心の曲がりに曲がってしまっている現実をよく自覚し、それを自らの不覚と嘆き、勢いよく流れる瀧つ瀬のような激しい心を奮い起こして祓い清めると言うのでなければ、その罪咎を根源から祓い清め抜き去ることはできない。そこで「瀧津亭」と名付けて、絶えずこの名に寄って自らの心を反省、このような祓いを修する力を得たいと思ったのであるが、それもまた、結局は神のお蔭を祈り奉るという事に他ならない。

伯家神道では儒家神道を嫌うものであるが、現代人の祓いと言うものの認識が希薄になっている現在敢えて、現代人に祓いの厳しさを知って頂きたい。伯家神道の修行に来られている人をみてもお行の階位、拍手の形に捕らわれ、祓いの重儀が理解されていない人が多い。自らに祓いを修する大切さを会員に述べているが、そこには人間の持つ欲が見えてならない。形よりも心と言っても形に捕らわれてしまいます。形を覚えても何の役には立ちません。祓いの後の「ハフリの神事」が出来るか、私生活に活用出来るかが修行なのですが、どこかに現代人の勘違いを感じます。お行が即、伯家神道と勘違いしているところから間違いが生じているのかも知れない。

ここも又、いかで瀧津とならざらむ祓ふ心のさくなだりならば (若林強斎)

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[公開日]  永川辰男

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