かむながらの道

八神殿の始まり

大和を平定された神武天皇は、大和橿原に都を定めます。そして鳥見山に斎場を設けて皇祖天照大神を斎き奉ると共に、天照大神、高御産霊神の教えに従って神籬を立てます。

そして

  • 高御産霊神タカミムスビノカミ
  • 神産霊神カミムスビノカミ
  • 魂留産霊神タマヅメムスビノカミ
  • 生産霊神イキムスビノカミ
  • 足産霊神タルムスビノカミ
  • 大宮売神オオミヤノメノカミ
  • 事代主神コトシロヌシノカミ
  • 御膳神ミケツカミ

の八神を祀られました。

八神の神々はこの神蹟を起源として、鎮魂祭に祀られる神であると共に、天皇の守護神として宮中に祀られます。祀られている場所が八神殿になります。

天武朝に鎮魂祭が行われている記事がありますが、正史からみると実際には平安時代初期になって、八神殿の建物に八神の神々が祀られたのではないかとされています。宮中で行われてきた「祝部殿の御法」は、皇祖霊と結ばれる斎場であり、天皇と神々とのミタマ交流の場でもあります。

八神の神々は三神に帰着します。高御産霊神、神産霊神で一神。生魂、足魂、玉留魂で二神。大宮売神、御食津神、事代主神で三神となります。これにより、古への八神殿は鳥居が三か所にあるのです。

高御産霊神・神産霊神

高御産霊神・神産霊神の二神は、天御中主神が宇宙に顕現し給う御名であらせられます。高御産霊神は男性的で積極的な拡張を意味する霊力を持ち、神産霊神は女性的で集約を意味する霊力を持ちます。

天御中主神を中心として、高御産霊神は四方八方に溌溂としてその意気を発展していく力を持ちます。そして、発展していく力と同じ力をもって、元に引き寄せるのが神産霊神の働きになります。

この二つが絶えず働く間に万物が生成化育せられ、そしてこの二神は不二一体なのです。陰陽一体の働きをなし、二神陰陽一体を「男女耦生神なんにょぐうせいのかみ」と言いいます。

二神の神名をみるに「タカミムスビ」の「タ」をとれば「カミムスビ」、更に「カ」をとれば「ミムスビ」となる。「ミムスビ」の意味には、

  • 「霊魂」を「ミムスビ」として表す
  • 「三魂」を「ミムスビ」として、即ち、「生魂」「足魂」「玉留魂」を表す

の二説があります。

葛城山から見た大和盆地葛城山から見た大和盆地

鎮魂祭に唱えられる十種神寶

橿原宮での即位の礼に際して、物部氏の祖、饒速日命ニギハヤヒノミコトの子、宇摩志麻遅命ウマシマジノミコトは、韴霊剣フツミタマノツルギと十種の神寶を奉斎して、天皇皇后の鎮魂宝寿をご祈願されます。

その時に、天祖から饒速日命が授かった十種神寶を、天皇に奉られます。

古事記には

「饒速日命参来りて、天つ神に申し上げるには、天つ御子が天降り来ることを聞きて参上しました。ここに天つ瑞アマツシルシを奉ります」

と記載されています。十種神寶は天つ神の徴であり、天つ神の神寶であるわけです。神武天皇はその代りに「この宝剣の心をもって天子を擁護せよ」と言って韴御霊神剣を授けられます。

その後、崇神天皇御代に宝剣と十種神寶は石上神宮に納められます。現在も奏上されている祝詞文には

「高天原に神留坐す皇親神神漏岐神漏美の命以ちて皇神等の鋳顕イアラワし給ふ十種の瑞宝を饒速日命に授け給い天津御親神は言誨詔コトオシエノリ給はく汝命この瑞宝をもちて豊葦原の中国に天降坐して‥(中略)・・饒速日命は天磐船に乗りて河内国の川上の哮峰イカルガノミネに天降坐給ひしを爾後大和国山辺郡布留の高庭なる石上神宮に遷し鎮め斎き祀り」

と語り続けられています。

「旧事本紀」によれば饒速日命は天照大神の孫であり、天忍穂耳命の御子、天照国照彦火明櫛玉饒速日命が本名で天火明命アメノホアカリノミコトとも言われ、瓊瓊杵尊ニニギノミコトの兄に当てられます。瓊瓊杵尊の三代後が神武天皇です。

磐船神社磐船神社

生駒山からの景色生駒山からの景色

十種神寶とは

「伯家神道行法」を「十種の神寶御法」とも言います。

「神寶」を「神宝」と書かれる場合がありますが、この字はあえて「寶」と書くべきです。王家に伝わる深淵なる意味がこの字には含まれております。

十種の種類

十種とは

  • 瀛都鏡おきつががみ
  • 辺都へつ
  • 八握剣
  • いく
  • たる
  • 死返まかるがえし
  • 道返みちがえし
  • 蛇比礼へみのひれ
  • 蜂比礼
  • 品物くさぐさのもの比礼

をいいます。

十種を大別すると、三種の神器である「鏡」「剣」「玉」と生命力、再生を表す比礼(呪布)で構成されています。

皇位継承の即位式の時に継承される神寶が三種の神器です。三種の神器は十種神寶で唱える鏡・剣・玉のことです。八咫鏡、天叢雲剣(草薙剣)、八尺瓊勾玉を言います。「鏡は祭祀」を、「剣は統治」を、「玉は生命力」を象徴する意味を持つものであるかも知れません。

鏡・剣・玉が揃うことで、祭政一致の王権の象徴にしたものと考えられます。

祝詞式講義

鈴木重胤の「祝詞式講義」では

瀛都鏡おきつががみ辺都へつ鏡は大御面を照らしみそなはして御栄みさかえせとのしるし。八握剣は凶邪を討ち平らげ給はむしるし、いく玉は行き活く為、たる玉はご形体のたり給はむ為、死返まかるがえし玉は死者をも返し生けむ為、道返みちがえし玉は浮かれ行く魂を返し留むる為、蛇比礼へびのひれ、蜂比礼は這う虫飛ぶ虫を払い、又、その害を防ぐため、品物くさぐさのもの比礼は諸々の悪鳥悪獣、全ての妖を払い、邪を退けむが為にて、此の十種のお守りを得る時は更に疫病なく寿命遠長かるべき筈也」

と述べられています。

古代霊魂観念である「玉(タマ)」

我が国の古代霊魂観念に「タマ」があります。生命力発揚の働き、目に見えない不思議な力、神霊等を「タマ」と表しています。

記紀神話を見ると、魂・霊・タマシヒ・ミタマシヒ・ミタマノフユ・玉・珠といった記載が出てきます。神名を見ると天太玉命・天櫛玉命・豊玉姫命・前玉媛命・玉依姫などがあります。

折口信夫は古代の霊格観念の代表的なものとして、「タマ・カミ・モノ・オニ」の四つを挙げています。その中でも「タマ」が最も原初的な観念であるとしています。

肥後和夫は、タマはカミの形であり、カミの形を指す言葉がタマであり、その機能はムスビであり、その威烈がヒであり、その物質がモノである、と述べています。タマとカミは同一のもので、その機能はムスビであると述べているのです。

タマの持つ意味

タマのイメージは円形を想像します。その円形は宇宙そのものを表します。空を見上げた時に古代の人は、空全体が円で出来ていることを感じました。日本人の宇宙観の根本は、円から切り離すことはできないのです。

王が眠る墳墓は、深い眠りにつかれると共に、その霊魂は宇宙に帰るべく円が原型となっています。自らの魂が宿る姿見の鏡、傘にも神宿るものとして扱っています。神降りる神南備山、相撲の丸い土俵、円なるものは「タマ」の存在であり、神やどる場なのです。

中村新子は、「お道の行法」を積むと体が床から離れて宙に浮くと言われています。又、その昔琵琶湖の水面の上を渡ったというような奇跡みたいな話も残っています。

お行お行

鎮魂呪法

鎮魂呪法には、天の鈿女に見られるように、神懸かりの性格があります。それが「天岩戸神事」が鎮魂呪法の始まりであり、この鎮魂呪法は後世「猿女の鎮魂呪法」と言われます。「古語拾遺」に「凡そ鎮魂の儀は天の鈿女の命の遺跡なり」と記されています。宮中鎮魂祭は「天岩戸神事」を再現されたものだとも言われています。

天皇が行う鎮魂呪法

天皇が行う「十種神寶行法」鎮魂呪法として、八神の神々を合わせ祀り国家安泰・宝寿万歳の祈願を斎修。そこより伯王制が生まれ、宮中祭祀として九重の大内山深く秘されていくのです。

宮廷鎮魂祭は「玉結び」の呪術です。物部鎮魂法と猿女鎮魂法が合わさったものとも言われます。天孫に伝えられた皇祖霊の「タマ」の神威です。

赤糸に結ばれた天皇の御魂、即ち御魂緒は御魂匣ミタマハコに納め、十二月になって神祇官の斎戸殿イワイベトノに納められ、そこで御魂斎戸殿鎮祭が行われます。そして前年の古い御魂緒と入れ替えされます。

物部氏の鎮魂呪法

一方、物部氏は「物部鎮魂呪法」十種神寶を唱えて国民の弥栄・健康祈願・病気平癒との呪術的性格を保ちながら伝承されていきます。いわば天皇を禊祓う宮中で行う行法と、神社で行う一般の人の行法に区分されたのです。

崇神天皇の時に十種神寶が物部氏に返還されたのも、宮中祭祀が伯王によって確立されたことを意味します。ここにおいて「十種神寶呪法」が宮中の「祝部殿の御法」と物部氏の「物部鎮魂呪法」とに完全に分離されたものとなるのです。

崇神天皇7年に勅命を受けた物部氏の祖・伊香色雄命イカガシコオノミコトが、この十種神寶を石上布留高庭に奉祀したのが「石上神宮」の始まりです。石上神宮は朝廷の武器庫であると共に天皇の護衛隊である物部氏の氏神であり、日本書記に記載されている、神宮称号が与えられた日本最古の神宮です。

石上神宮石上神宮

その他の鎮魂呪法

鎮魂呪法を天皇、物部氏のみに伝わるものとの誤解されるかも知れませんが、鎮魂呪法は古代の各部族、各氏族に伝承されていました。

又、古代においては、世界至る所の呪術社会でも行なわれていました。「すべてが神と共にありき」の社会です。南米・東南アジア・アフリカでは現代でもそれに近い呪法を行っている国もあります。

シベリアの巫女が神懸かりの舞踏を行う時も半裸の姿になるそうです。そのような神懸かりの行為は、中国・韓国・東南アジア諸外国でも見られます。狂乱乱舞してトランス状態に陥り、病人の魂を取り戻してくれると言われる古代の呪術療法です。日本の鎮魂呪法にも、古代医療としての性質があります。

日本各地の鎮魂呪法

「出雲の鎮魂呪法」では「天皇の御寿の長久を変若返りオチカエリを祈る呪術儀礼が記されています。丹波の出石神社にはアメノヒボコ神を祭神として「八種神寶」が伝わっています。その他にも「阿知女鎮魂」「磯良鎮魂」「安曇鎮魂」があります。

鎮魂呪法が変化したのが神楽です。現在でも石見神楽、出雲神楽、高千穂神楽、備中神楽、筑前神楽、遠州神楽、山城神楽、物部神楽などが古社に残されています。

神楽 その1神楽 その1

神楽 その2神楽 その2

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[更新日]  永川辰男

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