Q. 稲荷神社には何故キツネの置物があるのですか

A. どこのお稲荷さんにお参りしてもキツネの置物が迎えてくれます。お稲荷=キツネといった具合に親しみのある関係です。江戸時代の川柳にも「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」と言われるほどに稲荷信仰は江戸時代の町民文化に繁盛しました。

本来稲荷は稲を荷うの字が当ててあるように稲、作物の神様でしたが、コメの貨幣価値から商売繁盛の神として商業中心の江戸町民文化に浸透していきました。そして至る所に稲荷神社は祀られるようになり、そこには必ずキツネが居座っています。

それを「神使つかはしめ」と言って稲荷神の使いの動物です。

キツネは昔から特殊な能力を持っている動物として扱われています。

  • 「狐は千里を走る」
  • 「狐は白骨を喰へ息吹すれば陰火が燃える」
  • 「狐の知恵は無限である」
  • 「狐は変化する=篠田の森の怨み葛の葉の美女」
  • 「人血を吸い、国を傾ける金毛九尾の狐」
  • 「狐は火を放つ」
  • 「狐は金をどこからともなく食えて持ってくる」
  • 「夜道の人を騙す」

等があります。

日本古典文学「古後拾遺」にも狐が千里を走る話が出てくる。このように狐には霊狐のイメージがあります。狐を恐怖すべき神秘な動物としたのは神仏習合によって、印度の茶吉尼天だきにてんに習合したものです。

茶吉尼天だきにてんとは「夜叉鬼の一種で。自在の通力を有し、六月前の人の死を知り、その人の心臓を取ってこれを食す。」と言われ、又、地獄の裁判官の閻魔大王の眷属でもあります。

「茶吉尼天、これは狐を言い、曼陀羅の中にては夜叉と言うものなり。業通自在にして速疾身を自由せり、わが朝の飯綱神(稲荷神)なるべし」(真俗佛事編)。

狐が稲荷神の神使になったのか

倭訓栞に「三狐神(みけつかみ)は御饌津(みけつ)の義なり」と出ています。つまりケツ(食津)が狐(けつ)に通じたためであるとしています。上方方言で狐をケツと呼び、ケツネと言う。キツネうどんでなくケツネうどんのなまりです。万葉集にも狐を「ケツ」と読んでいます。

万葉集に

「刺名部に 湯わかせ子等 櫟津の 檜橋より来む 狐(けつ)にあむさむ」

とあります。

狐を「ケツ」というのもキツネの音便であり、「饌津」(ケツ)との事より食物の神、御饌津神たる稲荷神の神使としての狐は神代より人々に親しみのある動物であります。神道に出てくる古代の狐の感覚は仏教の説話のように怖い存在でなく親しみのある動物として捉えています。

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[更新日]  永川辰男

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